似顔絵にまつわるエピソード(その23)|似顔絵の描き方が驚くほど上達する方法

(※とある男性の手記です)
本気で似顔絵師を目指しているらしい。

彼女に関する、そんな噂を耳にしたのは、正月気分もようやく抜けつつあった、卒業間近のことだった。

少しずつ寒さも和らぎ、春の到来を感じさせる日も増えてきたその頃、僕は彼女に対する気持ちを抑えられない衝動と、それを伝えられないジレンマと、離れ離れになるかもしれない寂しさとが入り混じった気持ちを、毎日のように持て余していた。

そんな中、やれ飲み会だ、卒業旅行だ、などと浮かれる仲間達を尻目に、彼女はそういったコミュニケーションの輪に積極的に加わるようなことはせず、何故か毎日のようにキャンパス内の特定の場所で、いつも絵を描いていたのだった。

そういう僕も・・・あれこれ様々な言い訳を理由に、仲間達と過ごす時間を減らしていたのだが、それは、彼女がことごとく参加しないから、というのが正直な理由だった。

という訳で、毎日のようにキャンパス内にいる彼女と同じように、僕も毎日のようにキャンパスに足を運ぶことで、何とか話しかけるチャンスを日々窺っていたのである。

そして冒頭の噂。これはもう、意を決して話しかけるしかない。

その日、いつも通りの場所、それはキャンパス内にある樹齢数百年という大きな木のふもと(木に対してふもとという言葉を使うことが正しいのかどうか分からないが、ニュアンスは伝わると思う)にある3人掛けのベンチ。鉄製の細い肘掛で区切られ、3等分されているアレである。そこの向かって左側(木のある側)に腰かけ、筆?ペン?を走らせる彼女に、僕は思い切って歩み寄っていったのだ。

近付く僕に気付いた瞬間、彼女は予想外の行動に出た。

なんと、絵を描いていた手を休めるどころか、びっくりしたようにそそくさと荷物をまとめ、立ち去ろうとするそぶりさえ見せたのである。

「ちょ、ちょっと。なに?なんで?」

僕と彼女が、仲間内でもそれほど親しくはないがかといって疎遠でもないという微妙な距離感だったことは認めるが、会えば普通に挨拶はしていたし、話しかけようとして避けられるほど嫌われてはいないはずだ。

戸惑う僕に、彼女は観念したように、再びドサッと腰を下ろした。表情は、どう見ても、苦笑いの体だ。

絵を見られるのが恥ずかしかったんだろうと即座に推測しつつ、「似顔絵師になるんだって?」と自らの口から発せられた言葉のあまりの単刀直入さに少々辟易しながら、僕も隣り(というか3つに区切られた真ん中を空けた向かって右側)に腰かけた(真ん中のその空間は、僕と彼女の距離感をそのまんま表しているようだった)。

「あれ。もう知ってるんだね。んじゃ話は早い」

そう答えた彼女が、さらに言葉を続けた。

「なんで飲み会に来ないのかとか、どうして旅行に参加しないんだとか、いちいち聞かれて説明するのもう疲れちゃって。似顔絵のプロになるため、日々ここで試行錯誤している私に、そんな暇ないのであ~る」

なるほどね、と曖昧に頷きつつ、僕が頭の中で考えていたのは、この流れで彼女に対する気持ちを伝えるべきか否か、伝えるんであればどうやって伝えたらいいんだろうか、ということだった。

そんなこんなで次の言葉を探し続けながら、あげくその後の会話に詰まってしまった僕より、彼女のほうが一枚も二枚も上手(うわて)だったようだ。

「今日、見せるつもりはなかったんだけどな」

そうつぶやきながら、彼女が広げたそれは、どう見ても、僕の似顔絵だったのである。

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