似顔絵にまつわるエピソード(その22)|似顔絵の描き方が驚くほど上達する方法

(※とある女性の手記です)
「お代は、結構ですよ。」

その男性は、優しく微笑みながら、私に言った。

とある地方の駅前広場、帰宅のために多くの人が行き交う時間帯とはいえ、田舎であるが故にそれほど混雑している訳ではない。そこに、10分程度で似顔絵を描いてくれるパフォーマンス、いわゆる席描きの場が設けられていた。

ほぼ毎日その場所で席描きをしているその男性、当然私は毎日のようにそのパフォーマンスを目にしており、立ち止まって見入ってしまうこともしばしばだった。

初めは、自分がモデルになることなんて全く考えたことがなかった。そんな私が描いてもらいたいと思い始めたのは、その男性の素敵な笑顔とたたずまいに、魅了されつつある自分に気付いてからだった。
決してハンサムでも、格好良くもない。いわゆるタイプでも全くない。だけど、本当に楽しそうに似顔絵を描くその姿は、毎日目にするたびに私の心の隅っこをつつき、するめのように少しずつその味が私の感覚を占領し始め、いつしかどっぷりとひき込まれていた。

意を決して似顔絵を描いてもらったのは、秋も深まり、コートの厚さをさらにワンランク上げて外出した、寒い日のことだった。

いつもはモデルとなったお客さんにいろいろと楽しく話しかけながら描いているのに、何故か私の時は、彼はほとんどしゃべらなかった。それどころか、何だかとても描きづらそうに、たまに手を止めたり、しきりに首をひねったりする。そのためか、いつもより随分と時間がかかったと思う。

とはいえ、出来上がった似顔絵は、見事なものだった。それを手にした私は、自然とニヤついてしまい、客観的に見たら相当気持ち悪い人になっていたんじゃないかと思う。

で、冒頭の彼のセリフである。

「は?」と声に出し、きょとんとする私に対し、彼のセリフにはまだ続きがあった。

「プレゼントしたいんです。いつも気になってました」

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