(※とある男性の手記です)
とあるショッピングモールのイベントスペースでは、いつも似顔絵師が、いわゆる「席描き」をしている。
お金を払うと、10~15分ほどで自分の似顔絵を描いてくれる、アレである。
互いの自宅から程近いところにあるそのショッピングモールは、僕らの定番のデートコースになっていた。買おうが買うまいが、つまりはただのウィンドウショッピングであっても、ああいったところをぶらぶらするのは、僕も彼女も割と好きなのだ。何を買うのでもなく、そして何を話すのでもなく、手をつなぎながらゆっくりと、フロアを上から順番に歩いて回るだけのことが多かったが、毎回二人ともそれで満足だった。そして最後に、1階のフードコートでお茶をするというのがお決まりのパターンだ。
ところがその日、なぜか件のイベントスペースで彼女が「二人の似顔絵を描いてもらおう」と言い出した。このショッピングモールに二人で来るのはもはや数十回、いや、もしかしたら3桁に届くのではないかと思われるくらいの回数を数えていたが、そんなことを言い出したのは初めてだった。
「お金は私が払うから」と、彼女はイヤがる僕を半ば無理矢理引っ張っていった。お金云々の問題ではなくて、こんなところでモデルになるのが恥ずかしくてイヤだったんだが、彼女は頑として僕の拒否を受け入れなかった。
15分後、出来上がった二人の似顔絵を見て、彼女はとても満足そうだった。まぁさすがはプロである。確かにその出来栄えは、僕ら二人の特徴をしっかりと捉えつつも、ほんわかとしたユーモアに溢れかえっているという、それはそれは素晴らしいものだった。あまりに仲が良さそうに描かれているところがまた、少々照れくさい。
「写真はたくさんあるからさ。何か特別なものが欲しかったんだ。」
小さい頃からの夢をやっぱり諦めきれないこと、その夢に向けた海外留学の話が急に持ち上がったこと、自分の中ではもはや気持ちは固まっていること。
それらを一気に聞かされたのは、その直後だった。
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「落ち着いたら連絡する」と言っていた彼女から、未だに連絡はない。
だけど僕は焦ってはいない。あの二人の似顔絵を、彼女が持っている限り、いつも僕を想っていてくれると信じているから。